創 / Process
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北海道・知床半島にある北こぶし知床 ホテル&リゾート。そのホテルにある世界遺産を望む流氷サウナがリニューアルしました。流氷をイメージして直線的なデザインを力強く表現したKAKUUNAと、木の洞窟をイメージして緩やかな曲線でうねりを描いたUNEUNA。
このプロジェクトの発端となった大西さんに、プロジェクトに懸けた想いや実際にどのように困難に挑んだのか、お話を聞きました。
【創】サウナとの出会い
── 今回の知床サウナプロジェクトは、どんなきっかけで始まったのでしょうか?
実は、休憩所プロジェクトの最中、建築家の谷尻誠さんから2021年のお正月に突然DMをいただいたのが始まりでした。珍しいなと思って中身を見ると、カッコいいサウナの写真が添付されていて、「こういうのを作りたい人がいるんだけど、君の会社でできる?」という内容だったんです。形状は三次元的な空間で、家具屋として「空間そのものを作ることはできます」と即答しました。ただ正直に「サウナを作った経験はありません」とも伝えました。すると谷尻さんが「サウナのプロを紹介するから一緒にやれば大丈夫」と言ってくださり、そこから一気に話が動き出しました。
── そのサウナのプロとの出会いは?
「ととのえ親方」こと松尾さんからすぐに連絡があり、オンラインで顔合わせをしました。
いつもニコニコで豪快に笑う方で、初対面からとてもエネルギッシュな印象でした。当時の私はサウナにほとんど馴染みがなく、「親父と行く熱い部屋」という古いイメージしかなかったんです(笑)正直ライフスタイルにサウナは存在していませんでした。そんな自分に「一緒にサウナを作ろう」と声をかけてくださったのは、本当に不思議なご縁でした。
→ ととのえ親方 松尾 大氏 https://ttne.jp/
── どんな相談内容だったのでしょう?
舞台は北海道・知床半島にある「北こぶし知床 ホテル&リゾート」。そこでパブリックとしては日本初の3Dサウナを作りたいというものでした。ただし実績がない挑戦なので、既存の業者さんからはことごとく断られていたんです。ホテルはコロナ禍で大きなダメージを受け、オーナーご兄弟は「流氷が見えるサウナ」を新しい起爆剤にしたいと本気で考えていました。その強い想いと、見せていただいた3Dサウナの写真に、私自身もワクワクしました。「サウナがこんなにもデザインで変わるのか」と驚き、心を動かされました。
── 技術的にはかなりハードルが高そうですね。
そうなんです!サウナは木材にとって劣悪な環境で、湿度も温度変化も激しく、反りや割れの原因になりやすい。さらに接着剤や塗料も水や熱に弱いものが多く、家具屋からすると「最もしんどい環境」と感じました。それでもホテルの状況を見た時に、「これは挑戦するしかない」と腹を括りました。失敗のリスクは大きいけれど、それ以上に可能性を感じたんです。
── プロジェクトはどう進んでいったのですか?
すぐにホテルの経営陣や東京の設計事務所、地元工務店、ととのえ親方が集まった定例会議に呼ばれました。私にとっては初めて上流の打ち合わせに参加した瞬間で、企画段階から関われること自体が新鮮で、ものづくりの本質に近づいた感覚がありました。その後、ホテルオーナーご兄弟や親方が北海道から、わざわざ愛知県の工場まで見学に来てくださり、現場を見た瞬間に「もうここで大丈夫」と言ってくださったんです。まだ見学の途中だったのに、その空気感だけで判断されたのは、サービス業として人を大事にしている方ならではの感覚だと思いました。
── 社内からは驚きの声もあったのでは?
もちろんです。まだ「わの休憩所」わの休憩所(プロジェクトの概要)1/3 | Artistryも完成していない中で「今度はサウナ?」と(笑)。ただ当時はコロナ禍で未来が読めない状況でしたから、むしろ新しい挑戦を掴むしかないという覚悟が社内でも高まっていました。皆が不安を抱えながらも、未知への一歩を踏み出したプロジェクトでした。
── 遠方のクライアントとの打ち合わせは大変でしたか?
3Dデザインって、メールや電話ベースでは全く伝わらず、打ち合わせも進みません。でも、休憩所PJでオンライン設計を既に経験していた私たちは、zoomしながらその場で3Dモデルを動かしつつ、全員で目線を合わせながら設計を進めていけました。
── この挑戦は、会社のミッションにも関わっているそうですね。
私たちの合言葉は「Art is Try」。デザインを通じて常に挑戦し、技術革新をしていこうという思いを込めています。実際、ととのえ親方が他社に相談しても「リスクが大きすぎる」と断られていたそうです。私たちも「サウナは未知だから無理です」と言えば簡単でした。でも、それでは特注家具屋としての存在意義を示せません。むしろリスクのある環境でこそ挑戦すべきだと考えました。まさにミッションを体現する瞬間でしたね。
知床サウナプロジェクトの舞台裏には、偶然の出会いと挑戦を受け止める覚悟、そして仲間とともに新しい価値を生み出そうとする強い思いがありました。 「前例がないからこそやってみる」その精神が、人の心を動かす空間を形にしたのだと思います。